ふるしょうもんじゅうろうくんのコト

ふるしょうもんじゅうろうくん… 知ってるヒト、いらっしゃるでしょうか

中学1年生の音楽の時間、古内センセイがかけてくれたレコードで、ワタシはカレに出会いました

出会いは衝撃的でした

だって説明なしでいきなりコレ↓を聞かされたんですもん

<ふるしょうもんじゅうろう君の記録>

みなさんは、コレを聞いてどんな感想をもたれましたか?

少なくとも当時の、自己制御のカケラもない、怪獣無法地帯みたいな中学生の群れにとって、このヘンテコな名前と徐々に調子っぱずれになってゆく歌声は恰好のネタでしかありませんでした

ワタシ自身、「はやく強いオトコにならなくちゃ」って焦ってた時でしたから、小学校までのナヨナヨした自分を払拭しようと野卑で粗暴に振舞ってるてまえ、無理にでもコレを嗤えなくちゃならないと思った覚えがあります

「12月21日、ふるしょうもんじゅうろう ♪~ねぇぇむれぇぇ ねぇぇむれぇぇ はぁはぁのぉむぅねぇぇにぃぃ~♪」って、わざと調子っぱずれの裏声で歌っては、悪友どもとげらげら嗤ったりしたものでした

げらげら嗤うコトで、ワタシは自分の内のオンナを駆逐しようとしたのです

踏み絵を自らの意志で踏むコトで、自分はオトコになるんだと言い聞かせていたのです

でもやっぱり、初めて聞いた時のショックはとても大きなものでした

オンナのコの声のように澄んだ美しい声が、日ごとに汚されて醜いモノに変質させられていく様を眼前に突きつけられるかのようでした

「オマエにも、まもなくコレがやってくるんだぞ」と誰かから宣告されたような、暗澹たる予感を抱きました

げらげら嗤いながら、ココロの内で泣いていたのです

この音源のナレーションでも語られていますケド、ふるしょうもんじゅうろうくん自身もきっと、この事実を受け入れがたかったであろうと思うんです

カレにオカマの素養があるとかそういうのではなくて、年端もゆかないカレにとって、自分とは何者かというコトを規定する大きな部分に「オンナのコのように高く澄んだ美しい声」というものは必ずあったと思うんです

でなければ、ほぼ変声を完了した段階においてもなお、昔日の歌声のように唄おうとはしないでしょう?

そんなカレは、その後の変質してしまった自己を完全に受け入れるコトができたんでしょうか

教材として、全国の学校の音楽室で、己の最も美しいと感じている部分がが醜く変容してゆく様を晒されるというコトを、コレを記録した当時のオトナたちが彼に充分説明していたとは到底思えません

また、数十年後、YouTubeでカレの変容の様が再び世界に晒されるというコトまで、きちんと想定していたとも思えません

ふるしょうもんじゅうろうくんは、当時そのコトをどのように受け止めていたんでしょう

ふるしょうもんじゅうろうさんは、現在そのコトをどのように受け止めているんでしょう

ワタシは、自分が醜く変貌してゆく様を誰かに晒されるのなんて、とてもではありませんケド受容できません

自分自身にさえ認めたくないような一種の恥辱を、見知らぬ誰かの前に晒される屈辱… 教材としての意味ではある面で功を奏したのかもしれませんケド、ひとりの少年の尊厳というものに対して考えさせられる代物です

ワタシはさいわい声変わりらしい声変わりもなかったので、あんまり悩むコトはありませんでした(っていうか、意識して低くならないようにノドを絞るクセつけてたのです 歌とかも、拓郎やるときはガナるけど、一方では隠れてオナノコな歌も唄って… みたいにバランスとったりしてね)

でも、それでも、小学生のころ電話に応じれば必ずオナノコに間違われて内心とってもうれしかったのが、成長とともに息子さんですよね?って言われるようになったのは悔しかったものです

声変わり・体毛の伸長・肩の張り出し・身長の伸び・皮膚の変質…どれもワタシには受け入れ難いものでした

でも、ひとつひとつ諦めてきました

諦めるために、コンクリの電柱でもブロック塀でも、とにかく硬いモノと見ればとりあえず拳固で力いっぱいに殴ってきました

拳の硬度を高めるコトが、オトコに近づくコトだとでも思っていたのかもしれません

さらりとしてキレイな中性的身体が、いびつに醜く変貌してゆくのを、「オトコなんだから仕方ないんだ…」と自分に言い聞かせ、オトコになりきろうとけっこうな時間ずいぶんと足掻きました

いま、あらためて諦めきれず、オカマ道を歩む日々です

失ったモノを、諦めて棄てたモノを、もう一度取り戻すのは難儀なコトです

たいていは取り戻せなくて、ソレに似たもので代用です

まして決してオンナにもなれはしないのです

「前向きに生きなきゃダメだよ」ってみんなは言うケド、今のワタシにはどっちが前やら後ろやら… ドコに向かって進んでいるのかさえ判然としないままです

自分すら幸福にしないまま、周囲のヒトたちに不幸を撒き散らして生きているのが今なんでしょう

だからせめて、ワタシが幸福にならなければ、オカマ道に方向転換した甲斐がありません

だからせめて、誰かひとりでも幸福にできなければ、多くの人々を巻き込んでしまった意味がありません

ふるしょうもんじゅうろうくんは、あの後すべてを受け入れて、しあわせな時を過ごせているんでしょうか…

自己規定とは、勘違いの上に築かれた虚構の自己像をあらいざらい破壊し尽くして、その焼け野原の上にあらためて構築されたモノでなくちゃならないんでしょうケド、なかなか…

ソレっていったい、どれくらいのヒトが到達できる境地なんでしょうね…

コメント

  1. ビバ☆メヒコ より:

     子どもの世界が壊れていく、のは「私は真悟」の最も象徴的な言葉でしたね。私は君の様に男性女性という範疇での感じ方はしなかったんだが、変化する事への居心地の悪さちゅうか、決して良い方向への変化ではない本能的な勘で、嫌だったのは覚えてるなぁ。
     高校二年生で、ネバーエンディングストーリー見て、泣けて仕方がなかったな。あの映画を見て二つのグループが出来て、わからんというものと、最高というそれと。私は後者だった。母親の名前を捨てなければ子どもの世界を守れないという二律背反。あの映画は、絶対に続編を作るべきではなかったな。

  2. すずね より:

    >ビバ☆メヒコさま
    いまでこそ、ファンタジーとかの分野は、年端もゆかないお子サマでさえ身近に馴染んでるカテゴリですケド、あたし達が高校生の頃って、まだ日本にはファンタジーってゆうのの素地が充分にできあがってなかった時代でした
    一部のコアなファン層のヒトたちだけが、トールキン最高とかグインサーガ読むべしとか騒いでるくらいで、周囲はまだ冷ややかにそうゆうヒトを遠巻きに見ていた頃です
    模型誌ホビージャパンあたりの、ガンプラ特集みたいな派手な企画記事のおかげで、片隅においやられてしまった海外製のテーブルトークRPGとかアヴァロンヒル社のボード型ウォーゲーム(シミュレーションゲームとは当時呼ばなかったような…)とかの広告記事から、かろうじてファンタジーの匂いを感じていたような状況でした
    移動フェイズとかヘックスとかスタックとかZOCとか戦術級なんてゆう非日常用語は、だいたいコレで覚えたものですw
    ドラクエあたりから、日本国民を挙げてファンタジー(的な)ジャンルへの傾斜が始まって、今じゃうんざりするほどソコらじゅうにファンタジーがあふれる玉石混交状態です
    CG技術が飛躍的に発展して、イメージを視覚化しやすくなったってゆうのもあるんでしょうね
    ネバーエンディングストーリーは、そうゆう意味では、ちょっと製作時期が早すぎたのかもしれません
    実はあたし、未見のままなんですケド、↑のコメントで興味でてきました
    こんど借りてきてみてみますね

  3. すずね より:

    成長に伴う身体の変貌ってゆうのは、おおかたのコドモにとって、不一致感とか不快感を伴う通過儀礼なのかもしれませんね
    ココをうまく乗り越えられないと、いつまでも「コレは望んでいたものではない」と駄々をこねる、あたしみたいなヒトになっちゃうのかな
    一旦は飲み下したハズのモノを、吐き戻してしまったような気分ですね
    まったく幼稚な中年オカマですこと…w

  4. 「お膳立て」というモノの是非

    10日ほど前の記事に、こんなの↓があった

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