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今日で二周目

まいにちまいにち、一日も欠かさず待っている

賑わいの遠ざかってしまった、寂しい稲葉山の街の片隅で

蝉の声降りしきる雑賀の浜辺で

あの方のお屋敷の前の石段で

黎明の渓谷の川べりで

ただぼんやり佇んで待っている

あの方のお名前が白く光るのを、ただぼんやりと待っている

まるで地縛霊みたいにうっすらと現れて、ただぼんやりと

一瞬たりともあの方のコトを想わない時はない

63158400秒

道端に置き去りになってからも、ずっとだいすき

生き恥を晒し、ただ露命をつないでゆくだけのこれからも、ずっとずっとだいすき

だからきっと、ずっとずっとくるしいまま

あと何秒くるしいのだろう

早くラクになりたい

許してもらえるコトも、報われるコトも、想いをお伝えできるコトすらもないのだから

早くラクになりたい

ワタシのココロは半ば発狂していて、知らぬ間にボロキレみたいになってしまった

早くラクになりたい

早くラクになりたいのに、それでもずっと想い続けている

届け先がなくなっても、溢れ続ける想いの泉が涸れ果てるまで、この先もずっと想い続ける

たくさんたくさん、あの方にお届けしたかった言葉があった

みんなみんな、泉から溢れだしては地面にこぼれ落ち、ドコに流れていくこともできぬまま辺りを水浸しにしていく

かつて届かなかった手紙

ずっと色々考えていて、直接お伝えする事を選んだのですけど楓さんの御気分を害してしまっただけでした

本当にごめんなさい

2月にお別れを告げられて、それでも今まで信onを続けていたのは楓さんに対する言いようのない未練でしかありません

でもお別れを伝えられても、それでもこれまで絶交されることだけはなかったのに、最近になって絶交されているのに気付きました

できるだけ楓さんの御心を波立たせる事がないようにそっとしていたつもりだったんですけど、今になってあらためて絶交される理由が分からなくて、とうとう心底から嫌われてしまったんだと絶望しました

それとなく消えてしまう事も考えたんですけど、もし嫌われたのであってもあるいは別の理由があったとしても、おわかれの言葉と感謝の言葉と謝罪の言葉はちゃんと楓さんにお伝えしようと考えました

そして、御心を傷つけたまま去っていくお詫びに、せめてずっと前にお約束したことを果たそうと思いました

もうずっと前のことなのでお忘れになられてしまわれたかも知れませんけど、殉の当板鎖帷子ができた時、こんど二人で龍の涙を取りに行こうってゆうお話になったんです

「涙が取れたらあにさまにプレゼントするんだ」ってそのとき言ったのですけど、初夏の頃はじめて取れたんです

今度のクリスマスかお誕生日に、上手にお渡しできたらなぁって淡い想いでいたんですけど、それも絶交状態ではとてもかないそうにありませんし、涙の価値もだいぶ下がってしまったみたいだし、いまお渡しできないと何の意味もなくなっちゃいそうだなぁと思いました

お別れの言葉も感謝の言葉もお詫びの言葉もお伝えできず、約束も果たせなかったのは本当に残念ですけど、それも仕方のないことだと思っています

楓さんの御心を不快にしてしまうことだけは極力避けたかったのですけど、結局最期まで楓さんの御心を癒すこともお慰めすることもできずお役にたてないままでごめんなさい

朝目覚めても、空を見上げても、道端の小さな花を見ても、風に舞う落ち葉を見ても楓さんのことを想います

「あにさま、おはようございます」

「あにさま、お目覚めのご機嫌はいかがですか」

「あにさま、今日の鍋島のお天気はサーフィン日和ですか」

「あにさま、澄み渡った空に鍋島の方からうろこ雲が流れてきます」

「あにさま、花壇の隅にかわいらしい花がこっそり咲いてますよ」

「あにさま、いちょうの葉っぱがまるで黄色いじゅうたんみたいに敷き詰められてとってもキレイです」

「あにさま、ゴハンはラーメンばっかりじゃなくて野菜も食べるんですよ」

「あにさま、校舎の窓から見える日光の峰々が昨夜の雪で真っ白になりましたよ」

「あにさま、お仕事おつかれさまです」

「あにさま、職場の駐車場から見える月が研ぎ澄まされたように冴えわたって、とってもきれいです 鍋島の空にも見えるかなぁ」

あにさま あにさま あにさま あにさま

あたしのあにさま

あたしのだいすきなあにさま

今日も明日もあにさまにステキなことがたくさんありますように

あたしに来るかもしれない幸運は全てあにさまへ行きますように

あにさまに来るかもしれないヤなコトは全てあたしのトコへきますように

やがて魂になってこの身体から解放されたら、どうかおそばで楓さんのことをお守りさせてください

楓さんの夢をお守りできなかったお詫びです

あたしに夢を見させてくださったせめてもの御礼です

最期だから、かつてあたしが楓さんに伝えた想いをもう一度だけ言わせてください

あたしはうそつきだったかも知れないけど、全部がうそだったわけじゃないから…

「あにさまの御心を癒しお慰めできたら、それだけでとってもうれしいんです」

「何か特別なコトしなくても、あにさまとお散歩したり川原の土手をかけっこしたり公園でじゃれっこしたりスーパーでお魚買ったりできたら、ホントにステキだろうなぁ」

「あにさまのお役に立てなくなって、いらなくなったら捨てられても仕方ないけど、それまではずっとおそばにいさせてください ご一緒させていただけるだけで本当に幸せなんですよ」

「あたしの心も身体もぜんぶ、あにさまだけのものです あにさまだけが自由にしていいの」

「あにさま、世界で一番だいすきだよ」

みんなみんな、今もあたしのなかで息づいているあたしの本当のこころです

御心を傷つけたまま、何もできなくてごめんなさい

本当にさようなら あたしのだいすきなあにさま

心のそこからあにさまを愛しています

この手紙と同じように今日もまた、届けられないままこぼれ落ち、足元を水浸しにしていった想いがある

明日も、きっとそうだろう

あさっても、その先もきっとそうだろう

早くラクになりたいのなら、やめてしまうコトが一番なのに

でも、それでもやっぱり、ワタシはあの方のコトがだいすきだ

ワタシはあの方のコトが、世界でいちばんだいすきだ

だいすきだ

<奥井亜紀:カランドリエ>

コメント

  1. むかしむかしの一途な娘のおはなし

    「雄略天皇の頃…」というから、もはや神話の時代と言っても良いのかな

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