一晩だけの家出

相方とケンカをした

原因はささいなコトだと思う

でも、絶対にされたくたくないコトだった

されると、あの方と無理やりに引き離された記憶がフラッシュバックする

これからもずっと一緒と誓い合ったヒトに、冷たくお別れを告げられた、その発端を思い出させられる

思い出さないように薬まで飲んでるのに、傷口をわざわざ切り開いて劇物を塗りこまれるような気がする

だから本気で怒った

やめてと言ってるのに、しつこくするから本気で怒った

深夜の零時をまわってるのに、財布もケータイもカギも持たず部屋を飛び出した

飛び出したケド、別にドコにも行くアテなんかなかった

親も家族も友人も、頼るコトはできなかったし、もとより頼るつもりもなかった

朧にかすむ月を見上げながら「ワタシはホントにひとりなんだなぁ」と、せいせいしたような、茫漠としたような、不思議な気持ちでアテなく夜道を歩いた

ドコにもアテがなかったから、行けるトコまで歩いて、ソコで行き倒れて消えちゃおうと思った

とりあえず進む方向を考えて、月が光ってる方に行くコトにした

南西の方向… あの方がいらっしゃる方向

サンダル履きで、無一文で連絡も取れない状態で歩くのだから、どうせ佐賀になんか着けないだろうケド、それでもいいやと思った

あの方を目指して、それでその途上で終わるのならそれでもいいやと思った

轢かれて死んだり、誰かに迷惑をかけて死んだりしないように、もうそろそろマズそうだなと感じたら、道脇の目立たないトコを探そうと思った

できれば人気ひとけのないトコがいいと思った

ソコで朽ちて、ムシや動物に食べられて、最後は草木の養分になれればいいかなと思った

何の役にも、誰の役にもたたないオカマが、少しだけ何かの役に立てそうなコトはそれくらいだと思った

深夜、いかにも勢いで家を飛び出してきましたという格好で路肩を歩くワタシを見つけて、何人かのオトコがナンパしてきた

「このあたり、初めてで道わからなくてさ 案内してくれないかな?」

「カレシとケンカでもしたの? 良かったら話きくよ」

だいたいこんなカンジで寄ってくる

腕をつかまれて車に連れ込まれそうになったり、いったん去っていったのに先回りしてずいぶん離れたトコで待ってて、もっかいしつこく誘ったりするオトコもいた

めんどくさくなって「あたしオカマですよ」と言ったら、露骨にうろたえて「え? あ、あぁ、そうなんだ ごめんね、しつこくして 気をつけてね」とか言いながら、そそくさと退散していく

なんだ、やっぱりワタシはいらないんじゃないか

そんなモノなんだな、と吐き捨てるようにつぶやいて夜道を歩いた

ワタシなんて、結局そんなモノなんだな、と自嘲しながら夜道を歩いた

歩きながら、月を見上げたら泣けてきた

あの方も今のオトコとおんなじなのかなって思った

そうじゃないと思いたかった

思いたかったケド、涙がこぼれてきて仕方なかった

<中村晃子:裸足のブルース>

少しずつ東の空が白んできた

サンダル履きの足は擦れて血がにじんでるし、足首も膝も腰もきしむみたいに痛いし、筋肉も時々けいれんするみたいになった

学生の頃、ほんの思いつきで京都の七条大宮から奈良の橿原まで夜通しで歩いたのを思い出した

あの時は長距離で寒くてヘロヘロだったケド、一緒に歩くともだちもいたし、行くアテもあって楽しかったなぁと思ったりした

お日様がほんの少しアタマの端っこを出した頃、石橋にさしかかった辺りで、ワタシの横にまたしても車が止まった

またナンパかと思ったから、哀しくなるのはもうイヤだから、無視しようと思った

オトコ「ドコまで行くんですか?」

ワタシ「…」

オトコ「県庁のあたりから歩ってるでしょ?」

ワタシ「…(むむ? こいつどっから尾行してやがった?)」

オトコ「オレ、代行やってるんですケド、あの辺でお客乗せてたとき見たんですよ そのあと何人かお客を乗せて、いまは小山まで行った帰りなんです」

ワタシ「…」

オトコ「ドコまで行くんです?」

ワタシ「アテは、ないんです」

オトコ「宇都宮ですよね? あっち行っちゃうと小山とか古河とか東京ですよ 」

ワタシ「それでいいんです 宇都宮にはもどらないから」

オトコ「お金あるんです?」

ワタシ「…」

オトコ「お金なくちゃ、そんなに遠くまではいけませんよ」

ワタシ「遠くなくてもいいんです ダメになった所が行きたかった所みたいなもんですから」

オトコ「オレ、仕事明けでこれから宇都宮もどるんですけど、良ければ乗っけてきますよ」

ワタシ「お金もないし、何もお礼できるものもないし、それにもう戻らないって決めたから、せっかくのお心遣いなんですケド、ご遠慮します ほんとにだいじょぶですから」

オトコ「その歩き方でドコまで行くんです?」

ワタシ「いまはちょっと疲れて足が痛くなっちゃったから、だから次の自治医大の駅あたりまでとりあえず歩きます ソコで少し休んで、暗くなったらまた歩きます」

オトコ「足が痛くなって歩けなくなるだけですって」

ワタシ「ホントにだいじょぶですから お仕事明けなのにお帰りが遅くなっちゃいます どうかもう放っておいてください」

「しょうがないヒトだなぁ」というような呆れ顔をして「無理しちゃダメですよ」と言い残してオトコは去っていった

悪いヒトではなさそうだったケド、ささくれだったココロのワタシにはソレに優しく応じる余裕はなかった

そしてまた歩きはじめた

石橋を越えて、お日様が本格的に姿を現した

ヒトも獣も、誰もが残り少ないまどろみの中にいる様な、ほんの少しの間だけの静寂に包まれた、朝の景色だった

(身体はツライけど)なんだか世界が昨日という皮を一枚脱皮して、ソコから新しい世界が生まれてきたみたいな気分がなんとなく心地よかった

でも、さすがに足のほうの痛みは厳しくなった

何度も立ち止まって、路肩の縁石に座って足をさすったり筋肉をほぐしたりして、ようやく標識に自治医大の文字が現れる辺りに辿りついた

ソコでしばらく休もう

夕方まで休んで、暗くなったらまた歩こう

段取りともいえぬ様な、そんな段取りをアタマの中で繰り返しながらコンビニにさしかかった

ちょっとトイレにも行きたかったし、手が汚れてる気がしてキレイにしたかった

でも無一文だから、トイレを借りるのも気が引けた

「駅までいけばなんとかなるだろう」と、気を取り直して駅の方角に歩きはじめた

痛くて、うつむき気味に歩いていたら、数十mほど先で路肩に車が止まっていた

ワタシの前にさっきのオトコが立っていた

オトコ「ドコまでいくんです?」

ワタシ「アテなんかないんです」

オトコ「疲れたでしょ?」

そういってオトコが差し出したコンビニの袋には、スポーツドリンクが入っていた

オトコ「飲んだほうがいいですよ 身体もたないから」

ワタシ「とってもありがたいんですケド、ワタシには何もお礼できるものがないです 受け取れません」

オトコ「いらないです? いらないなら捨てるだけなんですけど」

と言われて、ちょっと根負けしたワタシは(気持ちも弱まってたからだけど)オトコの好意を受け取った

オトコ「何にも下心なんかないからお乗りなさい 行きたいトコまでとはいかないけど、行けるとこまで乗せてあげるから」

ワタシ「…(ずるいぞ、こいつ あたしが弱ってるの分かってて優しくしやがって ヘタしたら気持ちがパタンっておまえに傾いちゃうじゃないか)」

オトコ「だいじょぶだよ 後ろに乗んなさい」

って、いったん助手席のドア開けて、それでも警戒を解かないワタシを安心させるためなのか、今度は後部座席のドアを開けてくれて「もう歩けないくらいなんでしょ?」と付け加えた

負けた、というよりも、もうどうとでもなれと思った

オカマだと知って車から叩き出されても、逆鱗に触れて殺されても、なにかの勘違いで抱かれるコトになっても、もうどうでもいいやと思った

どうせ行き倒れて消えちゃおうと思ったのだから、どうなったってなんてコトないんだと腹をくくってしまった

「さあ」と促されて、ワタシはオトコの車に身を委ねた

オトコ「さて、ドコにいきます?」

ワタシ「あの、自治医大の駅までお願いしてもいいですか」

オトコ「まあ、スグ近くですからいいんですけど自宅は宇都宮なんでしょ? お金ないのにどうするんです?」

ワタシ「もう帰らないからいいんです 痛いのがおさまったらそしたらまた歩きます」

オトコ「ドコへ?」

ワタシ「アテなんかないけど、佐賀の方に歩いて、そして行き倒れたトコでおしまいにするつもりです」

オトコ「佐賀って九州ですよ いまの状態じゃ埼玉にもたどりつけないですよ」

ワタシ「それでもいいんです 佐賀に向かって、それでその途中で終われるなら、それでいいんです」

オトコ「佐賀にはアテらしいものがあるんです?」

ワタシ「あたしの全部を捧げるって誓ったヒトがいるトコです いまは嫌われちゃってるから、行っても迎えてくださるハズはないですけど…」

オトコ「けなげなのは伝わってくるけど、そうする前にいったんウチにお帰りなさい」

ワタシ「…」

そんなやり取りをしてるうちに自治医大の駅に着いた

親切にしてくれた礼を伝えて早々に降りるつもりだった

でも、オトコがさっきの言葉を続けた

オトコ「あなたの様子だと、どう見たって勢いで飛び出してきちゃったってカンジです そんな勢いだけで自分の行く先や生死を決めちゃっていいんです? カレシと切れるにしても仲直りするにしても、ちゃんと向き合って静かな心持ちでお互いの今後を考えなくちゃダメですよ」

ワタシ「…(くっそー 悔しいケド、ごもっともです><)」

オトコ「ケンカの理由なんて聞かないケド、いまもう一回思い出してごらんなさい 案外ささいな、どうでもいいようなコトだったりしませんか?」

ワタシ「…(まったくその通りだと思います><)」

オトコ「少しね、時間とか距離を置くのはいいと思うんです でもね、勢いで出てきちゃうとね、戻らなくちゃならないときにも戻りにくくなっちゃうでしょ だからね、今はいったん戻った方がいいと思いますよ」

ワタシ「…(こいつ~ 何から何までお見通しじゃないか><)」

オトコ「オレ、釣りすきなんですよ」

ワタシ「…(むむ? なんだ、この脈絡のない展開?)」

オトコ「朝すんげー早起きしてね、ひとりで誰もいないような湖とか川に行くんです ソコにね仕掛けを作って糸たらして一日ぼーっとしてたりするんです」

ワタシ「…(ふむふむ)」

オトコ「そうしてるとね、なんだかイラついてたコトとか悩んでたコトとかそうゆうメンドくさいコトがね、ふっとつまんねぇコトに思える一瞬があるんです」

ワタシ「…(それからそれから?)」

オトコ「一瞬だけだからね、また現実にもどればおんなじコトでイラついたり悩んだりもするんだけど、でもね、一瞬でも視点を切り替えられるとね、自分を取り巻いてるトラブリごとをね、そんなに過大評価しすぎて八方ふさがりになったりしずらくなったりしますよ」

ワタシ「…(なんだっけ コレと似たコト、前にも言われたコトあるぞ)」

こんな、やり取りとも言えないようなやり取りを一時間ちかく続けた後、オトコはもう一度ワタシにたずねた

オトコ「で、ドコいきます?」

ワタシ「すみません 宇都宮へお願いしてもよろしいでしょうか(完敗だ…)」

帰る途中、不覚にもワタシは少し眠ってしまっていたようだった

県庁のあたりまで来たトコで起こされて「この先はドコへ?」と聞かれた

どんなバカ面で失神していたのか分からず、恥ずかしくて「福田屋のほう…」と小さな声で赤くなって答えるのが精一杯だった

自宅の近所の公園まで送ってもらった

「今度はちゃんと自分のウチにむかって歩くんですよ」と別れ際に言われた

なんだか妙にドキドキしてる自分に気づいて動揺してしまったワタシは、お礼らしいお礼もできず連絡先だけをなんとか聞くコトができた

「逃げ出しても何もうまれないです 決断するのはちゃんとお互いに静かな気持ちで向き合ってからですよ」と、オトコは車のウィンド越しに言い残し、今度こそワタシから去って行った

オトコが去った後、公園のベンチで、あのオトコの言葉は誰のものと似ていたんだろうと考えていた

そして思い出した

3年前の夏、ワタシが相方に愛想を尽かされて実家に戻っていたとき

暗く狭い部屋に閉じこもって、稲葉山を行き交う人たちをただ見ていたとき

あの方がワタシを見つけてくれたとき

あの方がワタシに諭してくださったのと同じ響き、同じ意味の言葉

あにさまが来てくれたんだと思った

ほんの行きずりのあのオトコが、あにさまに重なった

あのときのあにさまも、行きずりの中でワタシを見つけ、そしてワタシを抱き起こしてくれた

「家具を作ったから、これで部屋の模様替えでもして気分を変えな」って、高価な家具をワタシに渡すと、「またなー」って言って風の様にいなくなってしまった

消え方まで一緒だと思った

ほんの行きずりのヒトたちが、ワタシの分岐点の所々に現れて、ワタシの進む方向を指差してくれる

捨てたもんじゃないのかな、と思えた

ホントに、ほんの一瞬だけどね…^^;

少しだけ思い直せたのなら、あのコトバに救われたのかもしれないね

<中島みゆき:タクシードライバー>

コメント

  1. ビバ☆メヒコ より:

     若くないのだから、無茶はしない様に。コメントしにくい話だなぁ。夢オチかと思ったらそうじゃないし。ドラマチックすぎる。喧嘩した相方と和解出来たのかが気になる。

  2. 諒人 より:

    歩きながら、
    何を考えていたのか、
    もっと詳しく知りたいな

  3. すずね より:

    >ビバ☆メヒコさま
    まいど、ご心配をおかけしております
    記事にも書いたように、きっかけはささいなコトだと思ってます
    だから、お互いが静かな心境で、相手に対してお互いに優しくあろうとしていれば、仲直りはそんなに難しくはないんだと思います
    ただ、そうだと分かっていても、やっぱり治っていないキズを刺激するようなコトに対しては過敏になっちゃって、衝動的に消えたくなっちゃうのは否定できないかな
    自分でも自覚してるだけに、この自己消去欲求だけはなんとか制御したいものです
    われながらメンドくさい体質だなぁ…と、自分にうんざりです

  4. すずね より:

    >諒人サマ
    んー、歩きながら何を考えていたか、か…
    あんまり難しいコトは考えてなかったんじゃないかなぁ
    「考える」なんてゆう論理的なものじゃなくて、記事に書いたみたいな「衝動」とか「気分」で歩いてたんじゃないかな
    「自分は誰にとっても無用な存在だから、誰も幸せにはできない存在だから、それなのにあの方を恋しいと想う気持ちだけは滅殺できないものだから、その想いを抱いたまま、あの方を目指して想いに殉ずることができればそれでいいか」という気分です
    その程度で満足しておくのが、オカマとしての分際なんだろうな、という自虐です
    ちょっと前の記事で「一番になりたかった」ってゆうのがあるんですケド、結局ワタシは「一番になりたいのに、決して誰の一番にもなりえない…」という、オカマとしては分不相応な欲求にとらわれたままなのでしょう
    こうゆう精神体質を「他者依存」と言うそうです(これについてはリンクを辿ってサブブログ「蒼天の残月」をご覧あれ)
    下に続く

  5. すずね より:

    上の続きです
    ただ、歩いててお日さまが昇った時の気分…
    これはちょっといいものでしたよ
    脱皮って書いたけど、イメージとしてはブドウの深紫色の皮がつるんとむけて、つやつやで新鮮な実が現れたみたいな感じで、「新生」とか「再生」というようなコトを、誰もが寝静まった静寂の中で体感させられた瞬間でした
    なんてゆうんだろ、世界がね、ワタシひとりだけに向けて何ごとかを示してくれたような気がしたんです
    そうゆうのの後だったから、少しは素直にオトコの言葉を飲み込めたのかもしれません
    ドコにどんなコトが待ってるのか分からない…
    そんな風に、すこしだけ思い直させてくれた経験でした

  6. なな より:

    心に染みるいい話だったよ。
    ありがとね。

  7. 梅ちゃん より:

    (TωT)
    いい人に巡り合える幸運
    辛いことの裏返しは優しさ

  8. >ななサマ
    良い話でゎないです
    なんてゆうんだろ、部屋を飛び出した時の気分てね、いまでもそんなに変わってないんです
    コレと似たようなコトがまた起きれば、きっと今だっておんなじように飛び出しかねない心情です
    そうゆう閉塞して、投げやりになって、とっとと消えちゃおうってゆう心境がね、悪だとも思わないんです
    それが真面目に考えて出した結論としての行動ならば、この選択だってアリなんだって、今でも思ってる
    でも、それはそれとして、こうゆう閉塞してしまった自己破壊欲求みたいな気分をね、なんてコトもないようなコトが救いうる時だってあるんだなぁってコトがね、なんだか奇跡的な気がしたんです
    だってあの時、あのオトコに出逢ってなければ、いまワタシがドコでどうなっていたか、自分でも分からないんですから…
    ドコで出逢ったナニが自分の行く末に影響を与えうるか…そんなコトは決して予想できないし、だからこそ、「この世は案外すてたモンじゃないのかも知れないな」って、一瞬でも思えたのかもしれません
    まだ出逢ってないともだちになれるかもしれない誰か
    すでに出逢っているともだちになれるかもしれない誰か
    そんなヒトたちと、ワタシたちは気付かないまま毎日すれちがっているのかもしれませんね

  9. >梅ちゃん
    ワタシの抜け目のないトコロは、「別れ際にちゃ~んと連絡先を聞いてる」ってゆうトコですw
    ま、いゃぁね、なんだかフケツだゎ
    そんな声がドコからか聞こえてきそうです^^;
    だってさ、けっこう良いオトコだったんだもんw

  10. 惜しむ心

    髪が、ひとすじ抜け落ちて、左手の甲の上にかすかな感触を残し、その骸を横たえた

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